コラム

株式売買価格決定申立てにおける譲渡制限株式の売買価格の評価はどうあるべきか(覚え書き)

2024.05.09

執筆者 弁護士 古家野 彰平

1 問題の所在

(1)  中小企業の多くは、株式に譲渡制限が設けられている株式譲渡制限会社です。譲渡制限株式は、会社の承認を得ない限り、会社に対する関係で有効に譲渡することができず、株主名簿の名義書換をすることもできません。
 但し、それでは株主は投下資本を回収することができませんから、譲渡制限株式の株主または譲渡制限株式を取得した株式取得者は、会社に対して、当該株式譲渡について承認請求をすることができ(会社法136条、137条)、その際、あわせて株式買取請求をすることもできます。この場合、会社は、株式譲渡を承認しないときには、会社自身または会社が指定する第三者(指定買取人)がこの株式を買い取らなければなりません(会社法140条)。
 そして、協議により株式買取における売買価格が決まらない場合には、申立により裁判所がその価格を決めることになります(会社法144条)。
(2)  しかし、非上場会社の株式は取引市場がなく、裁判所がその売買価格を決定することには困難が伴います。
 加えて、昨今では株主全体に帰属する企業価値に持株割合を乗じることによって算定される価値(プロ・ラタ価値)を株主に保障するべきとする学説に依拠した主張がなされ、法律解釈を巡って激しく争われ、裁判所が混乱することがあります。
 そこで、株式売買価格決定申立てにおける譲渡制限株式の売買価格の評価はどうあるべきかについて考察し、覚書として記します。

2 学説の状況

(1)  プロ・ラタ価値説の大まかな内容
 学説では、株主全体に帰属する企業価値に持株割合を乗じることによって算定される価値(プロ・ラタ価値)を株主に保障するべきであるとするプロ・ラタ価値説が有力であり、長らく主流でした。
 この学説は次のような考え方を根拠とします。
①  プロ・ラタ価値を保障することが会社法上の要請である株主平等の原則の趣旨に適う。
②  マイノリティ・ディスカウントを許容すると、支配株主が少数株主の持分に相当する価値をも獲得できることになり、支配株主は少数株主を抑圧して少数株主が持株を売却するよう仕向けるという行動をとる危険があり、支配株主に歪んだインセンティブを付与しかねない。
 そして、プロ・ラタ価値説では、企業価値の算定については原則としてDCF法によるべきとし、但し、DCF法により算定した企業価値が時価純資産法によるそれを下回るときは時価純資産法により算定した価値を企業価値の下限とするべきとします。
(2)  プロ・ラタ価値説の問題点
 しかし、プロ・ラタ価値説は、実務で採用する上で次の3つの点で致命的な欠陥があるように思います。
①  会社法は、会社法454条3項及び同504条3項で持株比率に応じた剰余金の配当及び残余財産の分配を予定しています。しかし、剰余金の配当や残余財産の分配がなされることが決定されていない場合においてまで、持株比率に応じた分配をすることを認めているわけではありません。
 会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続は、あくまで株式会社が譲渡制限株式の譲渡を承認しない場合に譲渡を希望する株主に当該譲渡に代わる投下資本の回収の手段を保障するために設けられたものです。ここでプロ・ラタ価値説を採用すると、会社法が予定していない退社権(資本の払戻し)を事実上認めることに等しくなってしまいます。
②  支配株主は、既に会社支配権を有することにより、会社から得られる経済的価値を把握しています。
 会社の清算が近く予定されている場合ならともかく、事業継続が想定されている会社において、少数株主の持分に相当する価値を獲得するために、しかもそのためには少なからぬキャッシュ・アウトを余儀なくされるのに、わざわざ少数株主を抑圧して少数株主が持株を売却するよう仕向けるインセンティブが支配株主に生じるとは思えません。
③  株式譲渡制限制度は昭和41年改正商法で導入されたものですが、設立が昭和41年よりも古い会社で株式譲渡制限の定款変更をしていない中小企業では、今なお株式の譲渡制限が存在しません。
 こうした歴史のある公開会社である中小企業の少数株主の株式譲渡の際には、取引価格にはマイノリティ・ディスカウントは反映され、かつ、株式市場の取引ができないことを理由にする非流動性ディスカウントもされます。しかし、プロ・ラタ価値説を採用すると、そうした会社についても、株式譲渡制限の定款変更がなされたとたん、会社法144条2項の売買価格の決定においてプロ・ラタ価値が保障されてしまいますが、そのようなことが認められるべき理由はありません。
 おそらくプロ・ラタ価値説に立つ会社法研究者の多くは、上場企業を株式会社の基本形として想定しており、中小の閉鎖会社にはさほど関心が高くないのではないかと推察します。しかし、日本の中小企業・小規模事業者は、企業数全体の99.7%を占める約336.5万者を数え、日本の従業者の69.7%に当たる約3310万人を雇用しています(2021年6月1日時点)。そして、中小企業庁が行った令和5年中小企業実体基本調査によれば、調査対象とした中小企業の株式会社のうち実に64万7949社(母集団企業数に対して73.8%)が定款で株式譲渡制限を定めているとのことです。我が国において数の上では閉鎖会社の方が多いことは明らかであり、上場企業は、株式会社の基本形でも何でもないのです。
 そして、大規模な公開会社と比べて、閉鎖会社である中小企業は、企業規模が遙かに小さく、人材を含めた組織力、資金力、資金調達力に乏しく、所有と経営が一致する傾向が強く、市場では評価されづらい経営者が有する社会関係資本が企業価値に影響を与える傾向がある等といった違いがあり、株式譲渡制限があること以上に、こうした中小企業の特徴が、中小企業の株式価値に影響を与えています。そのような閉鎖会社の実態についての理解や閉鎖会社特有の問題意識を十分に有していない会社法研究者が多かったことは、我が国の中小企業にとって不幸なことであったと思います。
(3)  プロ・ラタ価値説に否定的な2つの論文
 しかしこの1年間でプロ・ラタ価値説に否定的な2つの論文が発表されました。株式売買価格決定申立てに携わられる実務家は必読です。
①  東京大学藤田友敬教授「譲渡制限株式の評価方法に関する一視点」(「商法学の再構築―岩原紳作先生・山下友信先生・神田秀樹先生古稀記念」・2023年有斐閣発行)
 藤田教授は、会社法144条2項の売買価格決定において裁判所が行っている作業は、会社又は指定買取人と譲渡等承認請求者が十分な時間をかけ合理的に交渉を行ったとすれば合意されたであろう価格を求めること(仮定的交渉アプローチ)であると分析した上で、このような裁判例の考え方は、会社法144条が譲渡人と会社又は指定買取人間の協議を経てから裁判所の価格決定に移る制度であることから根拠づけられると述べられています。
②  大阪公立大学仲卓真准教授「譲渡制限株式の売買価格決定における『売買価格』の解釈」(民商法雑誌第159巻第6号(2024年2月号)・2024年有斐閣)
 仲准教授は、株主に生じるインセンティブを詳細に分析した上でプロ・ラタ価値説の問題点を指摘し、株式譲渡制限制度の趣旨をよりよく達成するためにはプロ・ラタ価値説よりも、譲渡制限株式の売買価格の決定における「売買価格」の意味について交換価値と解する説(交換価値説)を採用するべきであると述べられています。

3 判例・裁判例

(1)  最高裁
 譲渡制限株式の売買価格について非流動性ディスカウントを行うことができるとした最高裁令和5年5月24日決定(以下「令和5年最高裁決定」といいます。)の判示に照らせば、最高裁は、少なくともプロ・ラタ価値説は採用しておらず、むしろ交換価値説に親和的であると考えられます。
 なぜなら、まず、令和5年最高裁決定は、「会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続は、株式会社が譲渡制限株式の譲渡を承認しない場合に、譲渡を希望する株主に当該譲渡に代わる投下資本の回収の手段を保障するために設けられたものである。」(下線部筆者。以下同じ。)という制度趣旨を明確に述べているからです。このような制度趣旨に照らせば、株式売買価格決定申立てにおける譲渡制限株式の売買価格も当該譲渡において形成されるはずである売買価格、すなわち交換価値を保障することで足りるとすることが論理的な帰結となります。
 そして、実際に令和5年最高裁決定は、上記の制度趣旨に続けて「そうすると、上記手続により譲渡制限株式の売買価格の決定をする場合において、当該譲渡制限株式に市場性がないことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは、当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合と同様に、非流動性ディスカウントを行うことができるものと解される。」と判示しており、この判示からも、最高裁は当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合の交換価値から売買価格を導き出していることが分かります。
(2)  また、多くの裁判例も、プロ・ラタ価値説ではなく、仮定的交渉アプローチ又は交換価値説の考え方に基づき運用されています。
 具体的には、会社の支配権に影響を及ぼす株式譲渡の場合についてDCF方式、純資産方式または収益還元方式など企業価値を算定する手法を採用し、会社の支配権に影響を及ぼさない株式の譲渡(概ね10%未満の株式)については配当還元方式を主にしつつ、純資産方式や収益還元方式を併用して加重平均して算出する傾向があります。但し、あくまで「傾向」であるだけで、事案によってその判断はかなり異なり、裁判所は個々の事案で妥当な結論を出すよう工夫を施しています。
(3)  なお、プロ・ラタ価値説を採用したとされるおそらく唯一の裁判例として、京都地決令和5年4月25日(LLI/DB判例秘書登載、ジュリスト1587号2頁)があります。
 この件は私が指定買取人の代理人をした事件なのですが、京都地裁は、時価純資産法に基づく価格を1株当たり5309円としたうえで、これに30%の非流動性ディスカウントを加味し、1株当たりの株式価値を3716円と評価しました。一方、マイノリティ・ディスカウントは採用しませんでした。
 もっとも、抗告審である大阪高裁では、裁判所からプロ・ラタ価値説に対して否定的な見解が示され、売買価格については実際配当還元法に時価純資産法を加味して幅を持った心証が開示されました。そして、これを受けて当事者間で裁判所を介して折衝した結果、1株当たりの売買価格を1100円とする裁判上の和解が成立しています。これは、仮に、実際配当還元法に基づく価格を指定買取人が主張した1株当たり39円とし、時価純資産法に基づく価格を上記のとおり1株当たり5309円とした場合、実際配当還元法8割、時価純資産法2割で加重平均とした価格とほぼ一致します。
 そして、同決定の後に出された最高裁令和5年決定で会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続の制度趣旨が明確に判示されたことも踏まえれば、プロ・ラタ価値説を採用した京都地決令和5年4月25日の先例的価値は乏しいと言うべきでしょう。

4 今後の展開

(1)  今後は、上記2(3)で紹介した2つの論文と、上記3(1)で紹介した令和5年最高裁決定を軸として、学説においても、株式売買価格決定申立てにおける譲渡制限株式の売買価格の評価はどうあるべきかについての議論が深められていくものと思われます。その際、閉鎖会社の実情を汲み取った議論がなされることを期待します。
 また、学説の議論を踏まえて、実務においても、当該事案における閉鎖会社の実情を正確に汲み取った形で裁判所が売買価格の決定を下していくものと思われます。そして、おそらくプロ・ラタ価値説は、実務では否定される方向で進むと予想します。
(2)  なお、プロ・ラタ価値説は、企業価値の算定については原則としてDCF法によるべきとします。但し、DCF法により算定した企業価値が時価純資産法によるそれを下回るときは、時価純資産法により算定した価値が企業価値の下限となるとします。
 そのため、仮に、プロ・ラタ価値説が採用されれば、譲渡制限株式の売買価格決定申立ての審理において、DCF法による価格算定が困難であったり価格が少なく算定されたりする場合には、時価純資産法に基づく価格さえ明らかにすれば良いことになります。そして、プロ・ラタ価値説に立つ譲渡等承認請求者側においても、時価純資産法による価格の算出に関係しない当該譲渡制限会社や当該株式譲渡承認請求に関する個別の事情について、主張・立証しない方針をとることがあります。
 しかし、このような主張・立証方針では、プロ・ラタ価値説が否定された場合、譲渡等承認請求者にとって有利な事情を主張・立証できないこととなるおそれがあります。上述したとおり、プロ・ラタ価値説は、実務においては否定される方向で進むと予想しますので、これは譲渡等承認請求者側にとって看過できないリスクです。譲渡等承認請求者側がプロ・ラタ価値説に立った主張をする場合であっても、プロ・ラタ価値説一本槍ではなく、予備的に交換価値説を採用した場合に考慮されるべき当該譲渡制限会社や当該株式譲渡承認請求に関する個別の事情についても主張・立証する方針をとるべきでしょう。
(3)  また、仮に実務においてプロ・ラタ価値説が採用されず、交換価値説が前提とされたとしても、譲渡制限株式の買取請求によるキャッシュ・アウトは閉鎖会社である中小企業にとって大きな負担となりえるものです。
 そもそも、株式譲渡制限は、親密な関係にある者だけを株主としたいニーズから生まれたものなので、株主間で十分な意思疎通をすることが本来あるべき姿です。閉鎖会社の経営者や支配的株主は、株式政策を立案して他の株主に理解してもらい、さらに、配当や処遇、売却時の価格について予め株主間で契約を締結することにより、譲渡制限株式の買取請求によるキャッシュ・アウトのリスクに対する事前の対応をしていくべきこととなるでしょう。

※ 当法人が取り扱った譲渡制限株式の買取請求の裁判例についてにお問い合わせの方は、弁護士古家野彰平までご連絡ください。
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