コラム

中小企業は割増賃金率引上げを機に長時間労働の見直しを

2022.08.17

執筆者 弁護士 古家野 彰平

 大企業では、2020年4月、月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率が25%から50%以上へと引き上げられました。なお、労使協定を締結した上で労働者の希望があった場合は、引き上げた25%の支払に代えて有給の休暇(代替休暇)を与えることも可能です(労働基準法37条3項)。

 一方、中小事業主ではこの割増賃金率の引き上げ等が猶予されてきましたが、その期限は2023年3月31日までです。つまり、来年4月1日からは、中小企業でも月60時間を超える法定時間外労働に対して50%以上の割増賃金を支払う必要があります。

 この割増率の引上げに備えるため、給与計算方法の変更、代替休暇の導入や運用の検討、就業規則や賃金規程等の改定といった作業が必要となります。また、当然ながら特別条項付きの「36協定」の締結・届出が必要です。確認し、未対応であればすぐに対応しましょう。

この機に長時間労働の見直しを

 長時間労働は、50%以上の割増賃金の点で経営上の負担となりますが、それ以外でも様々な問題を引き起こす要因となります。

 まず、労働者の健康の問題です。国際労働機関(ILO)と世界保健機関(WHO)がまとめた研究論文によれば、「週55時間以上働く労働者は、週35~40時間働く場合と比べて、脳卒中のリスクが約35%、虚血性心疾患のリスクが約17%高くなる。」とされています。

 また、我が国の労災認定の基準においても、業務による過重負荷を原因とする脳疾患及び心疾患等の発症は労災の対象となり、月45時間を超えて長くなるほど業務と発症との関連性は強まるとされています。以前は、発症前1か月間に100時間または2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働は発症との関連性が強いと判断されていましたが、令和3年9月14日付の厚生労働省の通知により、この水準に至らない長時間労働であっても、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定をすることが明確化されました。こうした長時間労働による疾患の発症は、使用者の労働者に対する健康配慮義務違反ともなり得ます。

 次に、生産性の問題があります。長時間労働により、労働者の睡眠時間が減らされることで、注意力や作業能率が低下し、生産性が下がります。それは更なる長時間労働を生み、悪循環となります。

 そのため、割増賃金の率の引上げを機に、長時間労働そのものの削減に取り組むのがよいでしょう。長時間労働を是正し、柔軟な働き方の導入等のワークライフバランスに取り組むことは、業務の効率化への工夫や業務分担の見直しを行うことにつながり、生産性を向上させる方向に直結します。労働者の心身の健康を保持し、余暇時間を増やすことは、労働者のモチベーションを高めることにつながります。人材の確保を容易にし、採用や教育研修コストも低下します。このような好循環が生じる職場を目指したいですね。

改善は現状把握から

 長時間労働の解消には、まずはどの部署、どの労働者においてどの程度の労働時間が生じているのかを把握する必要があります。次に、なぜ、どのように時間外労働が発生しているのかを分析します。その上で、把握した状況に対する解決策を検討します。採用や異動などの人員計画を実行したり、あるいは外注で対処することもあるでしょう。中長期的には労働条件の検討や、人材教育の計画的な実行が大切になるでしょう。

 また、こうした現状の把握を行う過程で、今まで見えてこなかったハラスメントが露見することは多いです。並行してハラスメント防止規程を整備し、相談窓口を設置し、ハラスメント防止研修を実施することも有用です。

 さらに改善を行う上で大事なことは、経営のトップが「なぜ長時間労働をなくしたいのか。」「どういう職場や働き方を目指していくのか。」についてのメッセージを発することです。このようなメッセージは繰り返し発信することが大事です。

 
 このような割増賃金率の引上げへ備え、長時間労働の削減等に関する人事労務のご相談があれば、ぜひご連絡ください。