コラム

カスハラ対策法成立、企業に求められる対応とは

2025.06.25

執筆者 弁護士 大江 美香

1 改正労働施策総合推進法の成立

2025年6月11日、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律案(改正労働施策総合推進法。以下、「本法」といいます。)が公布されました。本法では、事業主に対して、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)の防止措置を義務付けるとともに、カスハラに起因する問題について、国、事業主、労働者及び顧客等の責務を明確化しています。
 事業主に対してだけではなく、労働者や顧客等にもカスハラ防止のための注意義務、協力義務が課せられていることが特徴ですが、本稿では、事業主(=企業)に求められる対応についてご紹介します。

2 カスハラの定義

カスハラとは、「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境が害される」ものと定義されています(本法33条1項)。

3 企業に求められる雇用管理上必要な措置とは

(1) 本法の改正により、既に対策が必要とされているセクハラ、パワハラ、マタハラ等のハラスメントに加えて、カスハラに該当する行為についても「当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」(本法33条1項)と定められました。
 また、本法では、カスハラ相談をした労働者に対する不利益取扱いの禁止(本法33条2項)、事業主間の協力義務(本法33条3項)、研修の実施等の必要な配慮や国の講ずる措置への協力など(本法34条1項)も定められています。

(2) カスハラ対策として、企業が具体的にどのような措置を採るべきかについては、厚生労働省が作成したマニュアルが参考となります。令和2年2月には、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が、令和7年3月には、「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編)」が作成、公表されています。
 本法は、国に対しても、「事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、各事業分野の特性を踏まえつつ、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない(第34条1項)」と定めているため、業種別の対策マニュアルは今後も作成されていくのではないかと考えられます。

4 具体的なカスハラ対策の取組例

 マニュアルにも挙げられていますが、企業のカスハラ対策として、具体的には以下のような取組を行うことが考えられます。
(1) 事前の準備
 ① 企業の基本方針・基本姿勢を明確化し、従業員へ周知・啓発・教育する
 ② 従業員(被害者)のための相談対応体制(相談窓口など)を整備し、周知する
 ③ カスハラ行為への対応体制、手順等をあらかじめ決めておく
 ④ カスハラ行為に対する具体的な対応手順等について、従業員に教育する
(2) カスハラが実際に起こった際の対応  
 ① 事実関係を正確に確認し、対応する。正当なクレームではない場合は、要求等に応じない
 ② 被害を受けた従業員に対する配慮を適正に行う
 ③ 再発防止のために、定期的に取組の見直しや改善を行う

5 最後に

 企業が適切な対策を怠った場合、従業員のメンタル不調や退職につながり、安全配慮義務違反等の責任を追及される可能性があります。また、近年では、顧客対応の様子がSNS等で拡散されるなど、企業の社会的信頼を損なうリスクも高まっています。
 本法の改正により、企業には従業員の保護に向けた一層の責任が課されることになりました。マニュアル等も参考にしつつ、各企業の実態に即したカスハラ対策を進めるようにしていただければと思います。