コラム

ディベート甲子園の記憶~労働法制について~

2024.12.02

執筆者 弁護士 三代 昌典

1.ディベート甲子園とは

 皆さんは、「ディベート甲子園」というイベントをご存知でしょうか。これは、毎年夏に行われる、中学・高校の競技ディベート日本一を決める大会であり、2月下旬頃に論題(テーマ)が発表されてから8月上旬の全国大会まで、約半年にわたって1つの論題に取り組みます。
 私は高校生時代、膳所高校(滋賀県)の「弁論班」に所属し、専らディベート甲子園に向けて活動していました(ちなみに、膳所高校では全ての部活動が「××班」と呼ばれますので、野球部やサッカー部も「野球班」「サッカー班」となります)。ディベート甲子園に出場するには、6月~7月頃に行われる地区予選を勝ち抜く必要があり、当時、近畿地区から2~3校が全国大会への切符を手にしていました。
 ディベート甲子園は、毎年、論題(テーマ)が決まっており、例えば私が高校1年生のときの論題は「日本は道州制を導入すべきである。是か非か」でした。そして、ディベート甲子園では、肯定側と否定側に分かれ、試合ごとに肯定側か否定側かがランダムに振り分けられます。つまり、「自分は(我が校は)道州制に賛成だから肯定側で戦う」ということは出来ず、各校とも、肯定側と否定側両方で対応できるよう準備する必要があるのです。

2.労働者派遣制度に関する論題

 私が高校3年生のとき(2008年)の論題は、「日本は労働者派遣を禁止すべきである。是か非か」でした。
 当時の時代背景としては、1999年に派遣労働の対象業務がネガティブリスト化(原則自由化)され、2004年には製造業への労働者派遣が解禁され、2007年には製造業への派遣期間が最長1年から最長3年に拡大されるなど、労働者派遣制度がどんどん拡大されてきた時期でした。一方、その弊害として、特に「日雇い派遣」と呼ばれる不安定な雇用形態や「偽装請負」などの問題が社会問題化しており、まさにタイムリーな論題設定となりました(ちなみに、リーマン・ショックにより「派遣切り」の問題が一層深刻化したのは全国大会後の2008年9月のことです)。そのため、労働者派遣についてはまだ十分な議論の蓄積もなく、ディベート甲子園の論題として採用されるのも初めてでしたので、各校とも手探りで議論構築を進めていたように思います。

3.肯定側の議論

 私は主に肯定側の準備を担当していました。肯定側は、「労働者派遣は禁止すべきである」と主張する立場なので、労働者派遣の問題点を挙げることになるのですが、その中で最もイメージしやすいのは、「派遣労働者は地位が不安定である」という点です。しかし、ここで避けて通れないのが、『派遣労働者は正社員と比べると地位が不安定かもしれないけれど、非正規社員(契約社員やパート)と比べても本当に地位が不安定なのか?』という問題であり、『労働者派遣を禁止しても派遣労働者の代わりに契約社員やパートが増えるだけで雇用安定とは程遠いのではないか』という話です。
 これに対する肯定側の主張の方向性としては、①「派遣を禁止すれば正社員になることができる人が増える」という議論と、②「(正社員が増えないとしても)派遣社員よりも契約社員やパートの方が雇用が安定している」という議論の2通りに分けられそうです。
 このうち、①については、労働者派遣を禁止すると、これまで派遣労働者だった人はどうなるのかという問題を避けて通れません。そして、労働者をどのような雇用形態で雇用するか決めるのは、労働者を雇用する企業側です。そうすると、企業がコスト面や雇用調整のしやすさを考えて正社員ではなく派遣労働者を採用したのであれば、そのニーズに合うのは正社員ではなく契約社員やパートであるはずで、結局、派遣労働者だった人は契約社員やパートとして雇われて、正社員は増えないのではないかという疑問が出て来ます。
 そうなると、正社員が増えるという方向性のメリットは厳しいため、派遣労働者の多くが非正規社員になったとしても発生するメリットを考える必要がありますが、上記②のように「雇用安定」という視点に絞ると、なかなか契約社員やパートの地位が安定していると主張するのは難しく、そのような主張を軸に戦うのは厳しいものがありました。

4.直接雇用と間接雇用の違い

 そこで、派遣労働者と非正規社員(契約社員やパート)との違いについて改めて考えると、非正規社員は「直接雇用」(指揮命令者が直接労働者を雇う)であるのに対し、派遣労働者は「間接雇用」(指揮命令者と雇用者が異なる)であるという点に違いがあります。そのため、間接雇用がなくなり直接雇用化されることによるメリットを考えるという発想が生じ、間接雇用の問題点を考えることになりました。
 そこで挙げられる1つの問題点が、「労災」の問題でした。これは、企業にとって、間接雇用よりも直接雇用の方が労災対策(安全対策)をするインセンティブが生じやすいため、全て直接雇用になれば安全対策がより重視される結果、労災が減るという議論です。折しも、当時、派遣労働者が労災で亡くなったケースが新聞等で注目され、日雇い派遣の不安定さと相まって社会問題化していたため、関連する証拠資料も豊富にありました。
 このような状況で、膳所高校の肯定側チームは、「労災の減少」をメリットとして取り上げ、労災事故により失われる命を助けることができるという点を重要性に据えることとなりました。

5.ディベート甲子園の結果と戦略の再考

 膳所高校は、否定側チームの活躍もあり、近畿予選を1位通過し、全国大会もグループ予選を全勝で1位通過しましたので、肯定側立論もそれなりに強力な議論だったのだと思います。しかし、その後、決勝トーナメント1回戦で肯定側チームが岡山操山高校に完敗し、ベスト16止まりで私の部活動生活は終わりました。
 結局、肯定側としてどのような議論がベストだったのかは今でもよく分かっていません。この年の決勝戦は南山高校女子部が肯定側で勝って優勝したので、肯定側が勝てない論題というわけでも無かったのでしょう(南山高校女子部は労災とは別のメリットで戦っていた記憶です)。
 ただ、労災に関する問題は、労働者派遣という制度の問題のほんの一部分に過ぎないものと思われ、当時から、このような立論で良いのかどうか、疑問を抱きながら戦っていました。現実的に「勝てる立論」として採用し、結果的にベスト16まで勝ち進めたので、戦略としては間違っていなかったと思いますが。
 むしろ、肯定側としては、「派遣が禁止されても仕事紹介のニーズは労使ともに残るだろうから、契約社員やパートの紹介会社が代わりに台頭してきて、派遣禁止前と大して変わらない世界になるのではないか(特に大きなデメリットも生じないのではないか)」という点をもっと押し出していけないかと当時考えていましたが、戦える議論に昇華させることができなかったのは今でも心残りです。

6.おわりに

 近年、スキマ時間を活用するようなバイトアプリが普及している様子を見て、上記のような議論をふと思い出しました。
 第13回ディベート甲子園があった2008年以降、日雇い派遣の原則禁止をはじめ、派遣に関しては規制強化の方向へと舵が切られました。また、昨今では労働力不足から売り手市場へと社会情勢も変化しつつあり、当時とは時代背景も大きく変わってきています。そのため、第13回以降に労働者派遣を扱った論題は出ていませんが、労働法に興味を持つ最初のきっかけとなった論題として、今でも心に残っています。
 今後も労働法制は時代の潮流に合わせて刻々と変化していくと思いますが、私もその流れに置いて行かれないよう、情報のアップデートを継続していきたいと思います。