コラム

文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドラインから考える日本企業の契約問題

2023.08.10

執筆者 弁護士 朝倉 舞

1.ガイドラインのご紹介

 文化庁が、令和4年7月に「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」を公表しました。
 これは、我が国の文化芸術を、「世界に誇る最大の資産」と位置づけつつ、担い手である芸術家が立場の弱い受注者として不利な条件の下で業務に従事せざるを得ない、という状況を踏まえ、その改善のため、「芸術家等が契約内容を十分に理解した上で業務に従事できるよう・・・安心・安全な環境での持続可能な文化芸術活動の実現を図ることを目的」として作られたものです。

 文化芸術に従事する方にとっての契約上の課題、あいまいな契約や不適正な契約書によって生じる問題を分析し、課題をふまえた改善の方向性、契約において明確にすべき事項等について、当該業界のことも研究したうえで検討された内容となっています。
 最後には行政の取り組み、芸術家等と契約する側の団体や事業者に期待される事項、芸術家等に期待される事項についても触れられています。そして、制作スタッフや実演に関する契約書のひな形・解説もついています。
 まだまだ現場では契約条件の交渉や、契約書の作成自体ハードルがあることが多いですが、芸術家等の方にとっては、どういうことが問題なのかを意識していただくきっかけにもなるかと思います。
 また、芸術を個人に属する一過性のものではなく、日本文化のための持続可能なものとして社会全体で高められるように、契約する側の団体や事業者が自らその手続きおよび内容において、適切な契約を心がけることが大事という指摘も、もっともであります。
 是非、関連する団体・事業者および芸術家の方々は、参考になさってください。

2.契約を形で残すことについて

 ところで、このガイドラインは、個人対団体・事業者の構図の契約類型に関するものですが、日本企業に共通する問題意識と繋がる部分も多く感じます。すなわち、ガイドラインでは、文化芸術分野の関係者間における契約の書面化が進んでこなかった一因として「信頼関係や従来の慣習等により、口頭による契約で業務が行われることが多く、それでも業務を進めてこられたこと」が、挙げられていますが、これは企業間でも見られます。
 「契約書は作成しなくても双方わかっているから大丈夫」「契約書とか言ってたら話はすすまない」といった類の理由で「契約書を作成していない」というのは、事業の規模にかかわらず企業の方からもしばしばお聞きするフレーズです。
 また、あいまいな契約や不適正な契約書によって、権利義務が不明確になり、力関係でどちらかが泣きをみたり、トラブルになってしまうということも、企業間でも生じることです。

 紛争の危険性がみえにくい入口のところでは、契約書作成は手間や時間の問題から、つい後回しにされがちです。
 しかし、インターネットの普及等により、                                                                 
 ① 取引が世界規模になり、また
 ② ‘情報’という目に見えないものの価値がますます高まっていることなどから、
どの業種においても契約書を適切に作成することは、ますます重要であると言えます。
 まず①については、海外市場への進出や海外企業とのやりとりにおいては、当然日本の暗黙の了解といった慣習が妥当しないことから、合意内容はきちんと形にすることが大事となります。
 また、②の‘情報’に関しては、情報関連企業はもちろん、情報自体が取引対象でない企業においても同様に価値が高まっています。例えば実際に物を作る製造業であっても、開発段階、製造、販売の各段階で、企業秘密情報が生じ、それらは会社の大切な資産となり得る一方、身近に技術流出や知的財産トラブルが起きて、会社にとって大きなダメージを生じさせたり、成長力を減退させる事態となり兼ねません。
 企業としては、適切に情報を管理し、また取引においては、情報資産も考慮のうえ、合意内容や取決めを明確にしておくことで、目に見えない価値あるものについての取扱いをわかりやすくしておく、ということは大事です。                 
 このように、契約書の存在は、目に見えないものの価値が増大しているからこそ、ますます形に残すものとして大事になっていくのではないでしょうか。