コラム

座談会 NHK連続テレビ小説「虎に翼」を語る

2024.12.25

執筆者 弁護士法人古家野法律事務所

 2024年上半期の朝ドラ「虎に翼」は、日本初の女性弁護士で、後に裁判官を務めた三淵嘉子さん(1914~84年)の人生をモデルとしたオリジナルストーリーとして話題を集めました。法曹界でも大きな関心を持って受け止められた本作について、当事務所の弁護士たちで座談会を開催しました。

※座談会に参加した弁護士(括弧内略称):三代昌典(三代)古家野晶子(晶子)古家野彰平(彰平)朝倉舞(朝倉)大江美香(大江)

晶子:簡単に説明すると、戦前に女性初の弁護士になり、戦後に女性初の判事・裁判所所長になられた三淵嘉子さんをモデルとして創作されたお話です。

三代:なぜ「虎」なんでしょうか。

彰平:主人公の名前が「寅子」と書いて「ともこ」と読むのですが、寅年生まれで愛称が「とらこ」「とらちゃん」だからです。

三代:女性初の法曹ならではの苦労なども描かれたのでしょうね。ご覧になってどう感じられましたか。

大江:昔に数少ない女性たちがすごく頑張って道を切り拓いてくれたことが今の私たち女性法曹の仕事や地位に繋がっているのだなと、自分ごととして観ていました。戦前は、妻は権利無能力者でしたし、弁護士になれるようになっても裁判官・検察官にはなれませんでした。なお、私の親は、私が結婚後も働くというイメージがなかったようですが、私の世代でもそうなのに、昔はもっと大変な状況だったのだなって思いました。

朝倉:もちろん先人が切り拓いてくださった道があってこそですが、今の女性の働く上でのしんどさって昔とあまり変わっていない部分もあるなと感じました。あえて現代の問題を盛り込んでいるからだと思うんですけど、今も共通する壁がいろいろ描かれていると思って観ていました。

三代:例えばどんなエピソードが?

朝倉:とらこが弁護士として働き始めたときに、若い独身女性というだけで信用を得られず、なかなか依頼してもらえないということがありました。当時ほど露骨じゃないにしても、女性弁護士が増えた今でもこういうことは消えていません。あとは仕事と育児との両立問題っていうのはずっと今でも変わらないところで、どちらかに力を入れるともう一方がおろそかになってしまい、葛藤が生じるところとか。

大江:とらこは妊娠したときに一度仕事を辞めていますが、男性が主人公だったらそういった展開はなかったでしょうし、もっとバリバリ働いていそうです。そして、戦後に裁判所に就職するときにも、嘱託採用からスタートするのではなく、最初から裁判官になれたのではないでしょうか。

朝倉:とらこと恩師である穂高先生との衝突の場面も印象に残っています。穂高先生はあの世代としてはかなり理解のある方でしたが、とらこが妊娠して貧血で倒れ、仕事との両立で悩んでいたときの言葉など、善意で発した言葉が本人にとってはしんどく感じるものだったという場面は、今の社会でも起こりうるギャップだと思います。

晶子:私は、とらこが子どもを育てながら働こうとしたときに遭遇する困難が、一番心に沁みました。とらこが裁判官になって家裁ができ、女性裁判官として活躍し、家裁の立ち上げのために奔走して、海外出張もこなすなど、バリバリ仕事をするんです。家族の生活を支えるため一生懸命働く中で、家事は花江さんに頼っていくのですが、娘の優未ちゃんに目を向けられておらず、家族の中で浮いていく様子は、心をヒリヒリさせながら観ていました。

彰平:とらこが仕事に打ち込みすぎて家族との関係が難しくなるこの出来事は、視聴者の価値観によって捉え方は変わりますよね。例えば「女性は家庭での役割を果たすべきだ」という価値観の人から見れば、とらこは母親としての役割を果たせていないように映る。でも、昭和の男性は、とらこどころでなくずっと家のことをほっておいて仕事していたはずで、「とらこは、昭和の男性と同じことをしているだけなのに、なぜ非難されるのか」という見方もできます。

大江:とらこが弟の直明に「長男だからって大黒柱にならなくてもいい」と語りかけるシーンも印象に残っています。「長男だから」という意識は今も特に地方では根強く残っていて、実務でもよく感じます。女性の解放と同時に、男性もまた既存の役割から解放される必要があるのだと思います。

彰平:日本国憲法では男女平等が保障され、家父長制や家制度は廃止されました。また、これらの制度下で形成された過去の価値観や文化も次第に薄れてきています。これらに代わる新しい家族のモデルは、それぞれの家族で作っていくしかありません。ドラマでは、とらこたち猪爪家のメンバーが対等な立場で思いを伝え合い、家族会議を通じて家族の形を作り上げていく姿が描かれていました。そのようにしていけるといいですね。

晶子:本作では、女性の身体の問題も取り上げられています。生理に伴う体調不良や、更年期障害など、女性が勉学やスポーツ、また仕事をする上で日常的に直面する不調の話が、これまでほとんど描かれてこなかった。あの時代の話を描く中で、普通に取り上げてくれたのは素晴らしいと思いました。

彰平:老眼や認知症、介護の問題も描かれていましたね。大きく展開はしなかったのですが、意味のある描写でした。

朝倉:とらこが再婚する際、婚姻による改姓について悩む姿も描かれ、2回目の結婚では事実婚を選択することになりました。

晶子:夢の中に「猪爪寅子」「佐田寅子」「星寅子」が現れて対話するシーンは面白かったですね。「佐田寅子としてのキャリアが消えてなくなるような気がする」という不安や、新しい姓の可能性を探る様子など、リアルでした。

大江:LGBTや同性婚の問題も出てきました。再婚のプロポーズを受けたとらこが、結婚の意味が見出せないと悩んで友人の轟に相談するのですが、轟と遠藤さんという同性カップルには結婚がそもそも認められていないという。

三代:夫婦別姓制度も、同性婚も、タイムリーな話題ですね。つい先日も、同性婚訴訟で東京高裁が憲法違反と判断したばかり。

彰平:在日朝鮮人の問題も取り上げられ、時間は足りなかったけど、二世を登場させて世代ごとの課題を表現しようとしたのは良かったと思います。

晶子:他にも色々テーマはあって、よくこれだけ多様性と平等の課題を描いてくれたと感動しながらみていました。まさに憲法14条が主人公でしたね。

憲法14条1項 
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

晶子:戦争の話も印象的でした。このドラマを見ながら、戦争がとても身近なものに感じられ、あの時代に生きた誰もが巻き込まれ、傷つき、大切な人を失ったという事実が、日本社会の現実なのだと改めて実感しました。そして、戦争による暴力の傷跡が、まだこの社会に様々な形で残っているのではないか、DVやハラスメント事案の背景としても存在しているのではないか、ということも考えさせられました。

大江:モデルとなった三淵嘉子さんが実際に関わった原爆訴訟にも触れられていた点も意義深かったですね。

彰平:東京原爆裁判は、原爆投下が国際法違反であると初めて判決で公的に認められた事件です。判決では、法的には損害賠償請求は認められないとされましたが、立法で解決すべき問題であると指摘しました。そして、国家予算も確保されているにもかかわらず、それが実現していないのは「政治の貧困」と表現したのです。

晶子:今年のノーベル賞で、日本被団協が平和賞を受賞したことの重みも、ドラマのおかげで一層感じられました。

大江:ドラマでは、「法とは何か」というテーマが一貫して描かれていましたね。とらこが若い頃は「楯」だったり、「きれいな水」になったり、最後は「船のようなもの」と言うのですが、法の本質についての問いかけが最後まで続きます。

三代:それは法教育でも活用できそうですね。

朝倉:明律大学女子部でともに法律を学んだ、とらこを含む女性5人について、皆いろんなことがありながら自分の人生をそれぞれ選択していくところが丁寧に描かれていたのも印象的でしたね。

彰平:個人的に一番素晴らしいと思ったのは、梅子さんの「ごきげんよう」。梅子さんの三男の、小さい頃あんなに可愛かった玉三郎ちゃんが、大人になってからまさかあんなの(←文字数足りない)になるなんて・・・。そこで梅子さんが家族との関係をスパッと断捨離し、「ごきげんよう!」と颯爽と去っていくシーンがあるんですよね。選択肢の中から自分で道を選ぶだけじゃなくて、選択肢がない中でも自分の環境を自分のものとして受け止め、自分自身で受け入れる、というのもありますよね。

晶子:この作品の根底には、憲法13条の精神が強く流れていましたね。特に印象的だったのは、優三さんが出征前にとらこに「とらちゃんの好きに生きること。それが僕の望みです」と伝え、生まれたばかりの優未ちゃんを残して戦地へ向かうシーンでした。とらこはその言葉を道標として生き、娘を育てていくのですが、物語の終盤、大人になった優未は、周囲からはフリーターのように見られながらも、自分の選んだ道を歩んでいました。その優未が、心配顔をするとらこに対し、「私には好きなことと、やりたいことがたくさんあるの」「この先、私は何にだってなれるんだよ」と語ります。かつてとらこが幼い優未ちゃんに「よりどころをたくさん作りなさい」と伝えた言葉が、ここで深い意味を持って蘇ります。「最高の人生を生きている」という優未ちゃんの言葉は、能力主義社会を生きてきた私たちに、憲法13条の精神を見事に教えてくれるメッセージのように感じられました。

憲法13条前段  
すべて国民は、個人として尊重される。

三代:皆さんのお話を伺って、この作品の深さが伝わってきました。憲法13条と14条が主人公の朝ドラなんて、画期的ですね。年末の再放送では、私も視聴したいと思います。

一同:是非! 

 
                
 
 法と人権、そして人々の多様性について描かれた「虎に翼」。
 私たちの事務所理念「Happiness & Fairness」にも通じる多くの示唆が込められていて、歴史を通して現代を見つめ直す、貴重な機会となりました。私たちも、弁護士として、また一人の人間として、先人たちからのバトンを引き継いで、これからの社会のあり方を考え、より良いものにしていく努力を続けていきたいと思います。