当法人は、このたび、通称として使用している婚姻前の氏名(いわゆる旧姓)による商業登記の是非をめぐって、京都地方法務局長に対し、審査請求を行いました(9月25日受付)。
 この件について、京都新聞が9月26日朝刊で大きく取り上げてくださいました。

 以下、事案の概要と、審査請求のねらいについてご説明します。

事案の概要

 婚姻前の氏名(いわゆる旧姓)を日弁連会則に基づき「職務上の氏名」として届け出て使用している古家野晶子弁護士が、平成30年2月1日付けで当法人の社員に就任したので、当法人は、「古家野晶子」で社員登記をすべく登記申請をしました(平成30年2月15日受付第297号弁護士法人社員登記申請事件)。

 登記申請書に添付した書類は次のとおりです。なお、通常の場合は、下記1)~3)のみを添付します。
1)定款(氏名表記:職務上の氏名のみ) 1通
2)同意書(氏名表記:職務上の氏名のみ) 2通
3)日本弁護士連合会が発行する弁護士法人の社員となる資格証明書(氏名表記:戸籍名のみ) 1通
4)京都弁護士会が発行する職務上の氏名使用証明 1通
5)戸籍謄本 1通
6)上申書及び以下の添付資料 各1通
  資料1 日本弁護士連合会 会則
  資料2 日本弁護士連合会 職務上の氏名に関する規程
  資料3 日本弁護士連合会 職務上の氏名に関する規則

 上申書の内容は以下のとおりです。

1 このたび社員に就任した「古家野晶子」の戸籍に記載されている氏名は「**晶子」であるが,弁護士の「職務上の氏名」として,婚姻前の氏名である「古家野晶子」を用いている。
 以下の理由から,弁護士法人の社員の「氏名」の登記は「職務上の氏名」かつ婚姻前の氏名である「古家野晶子」で登記されたく,上申する次第である。

2 「職務上の氏名」は,日本弁護士連合会会則(資料1)に根拠を有し,同会則18条2号において「弁護士名簿」の登録事項とされ,職務上の氏名に関する規程(資料2)及び同規則(資料3)に基づいて運用されている。
 職務上の氏名を使用する弁護士は,法令により戸籍上の氏名の使用が義務付けられている場合その他正当な理由がある場合以外は,弁護士の職務を行うにあたり職務上の氏名を使用しなければならない(職務上の氏名に関する規程3条)。
 そのため,裁判所に選任される破産管財人,相続財産管理人,国選弁護人等も含めすべて「職務上の氏名」で業務を行っており,依頼者との関係でも戸籍上の氏名を名乗ることは皆無である。

3 登記事項としての「氏名」は,法令上,戸籍に記載されている氏名でなければならないとはされていない。
 実際に,破産管財人の不動産登記については,裁判所書記官の作成する印鑑に関する証明書での「職務上の氏名」による登記手続が古くから認められている。
 外国人についても,外国人住民にかかる住民票に記載されている氏名(いわゆる「本名」)ではなく,「通称」(旧・外国人登録制度での「通称名」)による登記が古くから認められおり,印鑑証明書や住民票に通称名が記載されていることを根拠に,通称名での登記が許容されている。

4 そもそも「氏名」の第一義的な機能は同一性識別機能であり,登記における「氏名」も,登記されている人物が社会生活上特定できることが何より重要である。
 弁護士法(及び組合等登記令)が弁護士法人の社員の「氏名」を公示させる趣旨は,対外的に社員の氏名と住所を知らしめることによって,利害関係人の権利行使を可能にすることにある。
 職務上の氏名を使用する弁護士は,上記のように,職務においては,必ず職務上の氏名を用いており,職務上の氏名で対外的に認知されている。
 逆に,弁護士の職務において戸籍名が周知されることはないから,戸籍名(職務上の氏名とは異なる名称)が登記されると,当該弁護士の同一性の識別を困難にし,公示の機能を果たせない。
 したがって,登記によって公示されるべき氏名は,「職務上の氏名」である。

5 加えて,「職務上の氏名」として使用している「古家野晶子」は,婚姻前の氏名である。仮に,職業生活で婚姻前の氏名を使用している者が,職業生活の延長で必要となる法人の社員登記において,婚姻前の氏名を使用できないとなると,戸籍名の登記により,結婚や離婚といったイベントのたびに登記上の氏名変更が必要となるうえに,そうしたプライバシー情報の公表を強いるという重大な問題を生む。
 登記情報は完全な公開情報であり,履歴はすべて残り,その公開期間も半永久的である。個人のプライバシーを侵害する程度が重大である。
 利害関係人の責任追及を可能にするという社員の氏名等の公示制度の趣旨と対比しても,その権利侵害は明らかに大きい。外国人において通称名による登記が許容されてきたこととの比較でも,職業生活において婚姻前の氏名を通称使用している者については,婚姻前の氏名による登記が認められる必要がある。

6 なお,平成27年2月27日の商業登記規則の改正で導入された婚姻前の氏の「併記」制度(各種法人等登記規則5条,商業登記規則81条の2)の利用は望まない。同制度は,婚姻により氏を変更し,婚姻前の氏名の通称使用を望まない者が,氏の変更により氏名の同一性識別機能が失われるのを防ぐ目的で,旧姓を表示させるために利用されるべきものであって,婚姻前の氏名を通称名として継続使用する者に,職業生活上一度も用いたことのない婚姻後の氏をあえて公示させる制度と考えるべきではないからである。

 ところが、同年4月4日付けで「登記申請書の記載が添付書面の記載と合致しないため、組合等登記令第25条で準用する商業登記法24条第9号の規定により却下」するとして、登記申請は却下されました。
 商業登記法24条第9号とは、「申請書又はその添付書面(第19条の2に規定する電磁的記録を含む。以下同じ。)の記載又は記録が申請書の添付書面又は登記簿の記載又は記録と合致しないとき。」です。

 そこで、この処分に不服があるとして、京都地方法務局長に対し、審査請求したものです(組合等登記令第25条で準用する商業登記法第142条)。

審査請求のねらい

 現在、商業登記の役員欄の氏名は戸籍上の氏名でなければならないとされていることで、婚姻等によって戸籍上の姓が変わった方は、そのたびに氏の変更の登記を強いられています。特に、平成27年2月に導入された婚姻前の姓の併記制度を用いると、結婚、離婚の事実がよりはっきり表示される事態となっています。

 誰もが取得可能な商業登記において、個人の婚姻履歴が配偶者の姓と年月日とともに記録され、半永久的に公開されるという状況は、時に、当該個人とそのご家族に深刻なプライバシー侵害をもたらします。
 女性活躍推進法等により、女性役員の登用が積極的に進められる中、旧姓を職務上通称使用している方が旧姓のみで登記できない状況は非常に問題だと考えています。
 旧姓使用のルールが整備されている弁護士の商業登記から問題提起をすることで、一般の企業における役員登記でも、通称として使用している旧姓での登記が認められるようになることを期待しています。

 なお、本審査請求では、その後の提訴もにらんで、現在夫婦別姓訴訟を担当されている岡山の作花知志弁護士に代理人としてご助力をいただいています。
 本件を通じ、平成27年12月16日の最高裁夫婦同氏制合憲判決においても触れられていない夫婦同氏制のもとでのプライバシー侵害の問題に光を当てていきたいと考えています。

(ご参考)
最大判平成27年12月16日 夫婦同氏制合憲判決

「憲法24条適合性について」

(1)ア 婚姻に伴い夫婦が同一の氏を称する夫婦同氏制は,旧民法(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号)の施行された明治31年に我が国の法制度として採用され,我が国の社会に定着してきたものである。前記のとおり,氏は,家族の呼称としての意義があるところ,現行の民法の下においても,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ,その呼称を一つに定めることには合理性が認められる。
 そして,夫婦が同一の氏を称することは,上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを,対外的に公示し,識別する機能を有している。特に,婚姻の重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ,嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があると考えられる。また,家族を構成する個人が,同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できるところである。さらに,夫婦同氏制の下においては,子の立場として,いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいといえる。
 加えて,前記のとおり,本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく,夫婦がいずれの氏を称するかは,夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。

イ これに対して,夫婦同氏制の下においては,婚姻に伴い,夫婦となろうとする者の一方は必ず氏を改めることになるところ,婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。そして,氏の選択に関し,夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば,妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できる。さらには,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるために,あえて婚姻をしないという選択をする者が存在することもうかがわれる。
 しかし,夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。

ウ 以上の点を総合的に考慮すると,本件規定の採用した夫婦同氏制が,夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても,上記のような状況の下で直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。したがって,本件規定は,憲法24条に違反するものではない。

(2)なお,論旨には,夫婦同氏制を規制と捉えた上,これよりも規制の程度の小さい氏に係る制度(例えば,夫婦別氏を希望する者にこれを可能とするいわゆる選択的夫婦別氏制)を採る余地がある点についての指摘をする部分があるところ,上記(1)の判断は,そのような制度に合理性がないと断ずるものではない。上記のとおり,夫婦同氏制の採用については,嫡出子の仕組みなどの婚姻制度や氏の在り方に対する社会の受け止め方に依拠するところが少なくなく,この点の状況に関する判断を含め,この種の制度の在り方は,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。