コラム

旧姓の通称使用拡大がもたらすもの

2023.02.20

執筆者 弁護士 古家野 晶子

1.旧姓の通称使用が拡大しています

 ここ数年、旧姓の通称使用を拡大するための制度変更が相次いでいます。
 まず、2017年9月から裁判官や検察官の旧姓使用が開始し、判決書や起訴状も通称名で作成されるようになりました。同時期に国家公務員の旧姓使用が、2018年9月には国務大臣の旧姓使用が可能になりました。
 国民一般では、2019 年11月から住民票・マイナンバーカード・印鑑登録証明書への旧氏(きゅううじ)併記制度が始まりました。旧氏とは、「過去の戸籍上の氏」のことをいい、変更理由には、結婚・離婚のほか養子縁組も含まれます。2019年12月には運転免許証への旧氏併記が可能になり、2021年4月には旅券(パスポート)への旧氏併記の要件が緩和されました。また、各種国家資格や免許等についても旧姓使用を可能にする対応が進んでいます。
 これらは、夫婦同氏姓を合憲と判断した2015年12月の最高裁大法廷判決で「夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではない」「改姓による不利益は、旧姓使用が広がれば緩和される」とされたのを受け、「女性活躍加速のための重点方針」2016~2017年で「通称使用の拡大」が盛り込まれたことによるものです。
 2020年12月に閣議決定された「第5次男女共同参画基本計画」でも「引き続き旧姓の通称使用の拡大やその周知に取り組む」とされました。

2.役員登記は「旧氏併記」どまり

 ちなみに、「旧姓使用」と「旧姓併記」は似て非なるものです。「旧姓併記」の場合には婚姻、離婚等のプライバシー情報が伝わってしまうからです。
 そのため、商業登記のように不特定多数が閲覧するものについては「旧姓使用」が相応しいのですが、現状は「戸籍名」か「旧姓併記」しか許されていません。しかも商業登記で旧姓併記できるのは、婚姻中に限られていたために、離婚した場合にその事実が商業登記上明確な形で公示されてしまうという問題がありました。そこで私も、弁護士法人の社員就任登記を「通称名」で行うべく、2度の審査請求で問題提起しました。いずれも棄却に終わりましたが、その後の商業登記規則改正で、2022年9月より、婚姻中に限らず、住民票等に「旧氏」の併記がある場合は併記制度を利用できるようになったため、現実的必要からやむなく「旧氏併記」による登記を行いました。

3.通称使用の拡大がもたらすもの

 それにしても、通称名と戸籍名の2つの名前を使い分ける日常は奇妙です。例えば「私生活では戸籍名、仕事関係は通称名」、「メインの仕事は通称名、サブの仕事は戸籍名」など自由に使い分けることが可能です。それぞれの名前の人物が同一人物であるとはまず気づかれませんので、氏を使い分けることによって時々隠れ蓑を着ているような感覚になります。名前に紐づく形で2つの人格が分化形成されていく感じもしますが、使い分けを自ら希望し、それに馴染んでいる人もそれなりの数いるように思います。
 一方で、使い分けをせずに、仕事でも私生活でも「通称使用」を最大限徹底することも可能です。この場合には、夫婦だけでなく、親子の氏も日常的に異なる状況となります。そうすると、そもそも何のための夫婦同氏制か、という疑問がわいてきます。
 結局、旧姓使用の拡大は、選択的夫婦別氏制の導入に直結する「前段階」と理解すべきではないでしょうか。選択的夫婦別氏制導入のために1996年に法制審議会が答申済の法律案では、婚姻時に夫婦いずれかの氏を「子が称する氏」として定めるルールとなっています。夫婦別氏を認めたうえで、子と氏の違う親が「子が称する氏」をサブネームとして使用してもよいルールにするならば、現状と実質的に変わりありませんし、公的書類が「通称名」や「通称併記」で作成される現状も改善できます。先日の法制審議会で、行政手続のデジタル化のために、全国民の戸籍上の氏名について2~3年のうちに「読みがな」をつける戸籍法改正案がまとめられましたが、現状の通称使用拡大もデジタル化にフィットするとは思えません。選択的夫婦別氏制も同じタイミングで導入すべきではないでしょうか。